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2017.01.04 Wednesday

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    贖宥(免償)について 2

    2016.09.01 Thursday

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      第二章 贖宥の根拠

       

       贖宥の直接的根拠は、公教会の宝蔵と諸聖人の通功とに関するカトリックの教義である。

       

      一、公教会の宝蔵

       

       公教会には霊的恩寵の宝蔵があって、その保管と分配とは、イエズス・キリストが公教会にお委ねになった所である。この聖寵の宝蔵は、イエズス・キリスト、童貞聖マリア及び諸聖人の、有り余る許より豊富な贖罪業で出来ている。
       人間は、いろいろ罪を犯した為、天主の正義に対して計り知れぬ負債を作って了った。その負債は、人間自らの償罪の業を以てしては決して帳消しにする訳には行かなかったであろうが、幸いにも救主には、我等の為に十字架にかかられ、御身を永遠の御父へ犠牲として捧げられた。斯くして我等の負債を尽く贖い給もうたのであるが、贖って尚非常に余りがある程である。「彼は我等が罪の贖いにて在します、ただに我等の罪のみならず、全世界の罪に対しても亦然るなり」(ヨハネ一書第二章第二節)。我等の負債は如何に大きいといっても、これを支払うには、イエズスの貴い御血の唯一滴でも充分だったであろう。その御身の貴さは実に限りないからである。だが、イエズスにはその御血のすべてを捧げ給い、又この世におられた三十三年の間に、種々の善業をなし、数々の苦難を耐え忍び給うたが、その善業や苦難は、永遠の御父のみ前に、我等人間の罪を贖うために限りない価値のある贖罪業の一大堆積をなしている。「然れど罪の増しし処には恩寵いや増せり」(ロマ書第五章第二十節)。聖ヨハネ・クリゾストム(金口聖ヨハネ)も「イエズス・キリストは、我々が支払わねばならなかった負債よりも遥かにより多くを支払い給うた」、又「イエズスの贖罪業に比べれば、我等の負債は、恰も水の一滴が大海に於るが如きものである」と言っている。(ロマ書に就いての聖書聖訓第十)
       イエズス・キリストには、御自身のお創りになった公教会に、この限りない価値のある功徳を託せられ、これを教会の思うが儘に信者達に施すようにし給うた。
       この救世主の贖罪業に、童貞聖マリアの贖罪業も加えなければならない。
       聖母マリアには、原罪の汚れもなく、ほんの些細な過失さえ一つも犯されなかったので、御自身のために罪滅ぼしをする必要はさらになかった。然るに、偏えに祈祷、犠牲、苦難の一生を送られ、天主の御もとに極めて多大の功徳を積まれたのである。扨てこれ等の善業は、それに伴う功徳の面では、その相当する報いを受けているが、その贖罪の面では、未だ使用を見ていない。この方面に於いても、何等の効果も納めずにいるという訳には行かないので、聖マリアの善業も、イエズス・キリストの贖罪業に加えられるのである。
       更に、諸聖人、殉教者、童貞者、即ち今天国で永遠の光栄を享けて居る神秘体構成員の贖罪業も亦、この教会の財産に加えなければならない。
       この人達の多くは、自分一個の罪の償いに要するよりも遥かに多大な、愛徳や苦行の善業を成し遂げている。そこで、この人達の贖罪業も、信者一般の共有財産の一部をなすこととなるのである。これはもとより、イエズス・キリストの贖罪業にはそれ自らに無限の価値があるので、それだけでは不十分という訳ではない。だが、聖ベラルミーノ博士の言ったように「諸聖人の凡ゆる善の起源と云うべきイエズス・キリストにとって光栄となることであるから、諸聖人の苦難が天主の御前にて空しきものとならぬのは当然である」が故である。
       然れば、公教会の宝蔵を、主として且つ本質的に、構成しているものは、イエズス・キリストの贖罪業であって、聖母や諸聖人の贖罪業は付け足しに過ぎず、第二義的にこれに加わっているだけである。何となれば、諸聖人も聖母さえも、イエズス・キリストの功徳と贖罪業のお陰がなくしては、功徳を積むことも贖罪を行うことも出来なかったからである。
       教皇クレメンス六世は、一三四三年一月二十五日発布の「天主の御独り子」という大勅書中に、次のように仰せられている。「公教会の宝蔵とは、人間の罪のために御主キリストが御父なる天主に捧げ給うた贖罪業の限りなき一大堆積である。かくも広大無辺な慈悲が無用、無効、無益に終わらぬよう、戦闘の教会のために宝蔵を設けられた。恵み深き御父には、人間がこの無辺の財宝を利用して天主の慈悲の情にあずかれるよう、子等のために霊の富を集めようと思し召されたのである。この宝蔵は、信者たちが罪を犯した結果受けねばならぬ有限の罰を全面的或は部分的に免ぜられるよう、信者たちに分配するために、聖ペトロ及びその後継者に託せられた。しかもこの宝蔵には、聖母及び凡ての選ばれた者の功徳も加わっている。この宝蔵が尽きるとか、宝が減るとか云う心配は全くない。蓋し一面より云えば、イエズス・キリストの積まれた御功徳は無量であるからであり、他面より云えば、この宝蔵にある功徳を適用することに依って信者の大多数が正義と聖徳の域に達し、かくして又彼等の功徳が加わってこの宝蔵が益々豊かになってゆくからである。」

       

      二、諸聖人の通功


       公教会には、凱旋の教会(天国)、苦悩の教会(煉獄)、戦闘の教会(地上の教会)の三つの別があるけれども、それに属するものはことごとく、唯一の神秘体を形成しており、その頭はキリストであり、その肢(えだ)は信者達である。
       諸聖人の通功は、この信者達の間に存する親密な関係と、教会全員のこの完全な統一から生ずる効果を示すものである。この統一のお陰で信者間には霊的善の相互伝達が行われ、信者各自が、ただ教会全員に共通している善、即ち秘蹟、ミサ聖祭等ばかりでなく、義人の行うあらゆる善業にもあずかり得るのである。ちょうど人体において、一個の器官がその機能を発揮するのは、他の凡ての器官の利益となるように、教会に於いても、一人の信者が善を行えば、他の信者達の善にも貢献したことになる。聖パウロは何遍もこの真理を説き、人体の例を引いてその意味を明らかにした。(ロマ書第十二章、コリント前第十二章、エフェゾ書第一章参照)
       諸聖人の通功の教義の帰結のうち、贖宥の教義ともっと深い関係のあるものは、信者達が相互に償罪し得るということである。即ち自分の償罪の功徳を、他の信者のために利用して、その信者が果たさねばならぬ有限の罰の負債を、天主の正義に対して支払うことが出来る。
       ローマ公教要理には、次のようにのべてある。「人間の弱さを考慮されて、聖寵の状態にあるものは、他の人が天主に対して果たさねばならぬ負債を、その人の為に支払うことが出来るように、お互いに罪を償い合える力を人間に与えたもうた天主の全善と寛仁とは、我等が如何に感謝し、いかに賞め讃えても、充分には感謝賞讃出来ないであろう。その御蔭で我々はある方法に依り互いに負担を分けあうのである。信者の誰一人としてこの真理を疑うことは出来ないであろう。何となれば、我々は使徒信教の中で、諸聖人の通功を信ずる旨を、誦えているからである。」
       凡て償罪業なるもの、及至凡て信者が聖寵の状態に於いて行うあらゆる善業は、既に申し上げた通り、二つの効果を生ずるものである。即ち、それを行った者に対しては褒賞を齎(もたら)し、天主に対しては、罪を犯すことに依って天主に加えられた不敬の償いをなすのである。始めの方の効果、即ち褒賞は、必ず善業を行った者のもとに残るが、後の方の効果は、他の者の役にも立ち得るわけである。例えば、此処に千円の借金に苦しむ者があったが、とある紳士が、施しとしてその貧者のために借金を払ってやったとする。この善業の功徳は、施しの褒賞であり、それは凡て紳士のものである。だがその施しのお蔭で、彼の貧者の借金は完済されたのである。凡て善業には、このような効果がある。又例えば、私が贖罪の苦行をしたとすれば、この功徳は偏に私のものであるが、この苦行を以て天主に捧げた、天主に對する不敬の罪の償いは、他人の利益にもなり得るので、もし天主のみ前に償うべき罪が私には少しもない場合には、この償罪は信者総体の利益のために教会の宝蔵に加えられることとなる。
       教会史を繙くと、迫害時代に、何人かの司牧者が、間もなく殉教の死を遂げることになった人達の切なる願いを容れて、教会法に従えば有限の罰を赦される為には必ず果たさねばならぬ償罪の苦行を、公けの痛悔者に宥恕してやったという挿話を、幾つもテルツリアーノや聖チプリアーノ等が伝えている。殉教者達はこのように自分の拷問や殉教の苦難を天主に捧げ、他人の罪の償いを自分の身に引受けたものである。
       公教会は死者のために絶えず代祷をしているが、これも又諸聖人の通功に基づいている。

      贖宥(免償)について

      2016.09.01 Thursday

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         『贖宥(しょくゆう)について』 ウルデリコ・ロマーニ著  昭和27年 ドン・ボスコ社(絶版)

         

         

         此処に、四海波静かなる國があったとする。その国王が、ある日法令を発して、生活に余分の資財あるものは皆、これを、宮殿近くにある大きな庫に収めよ、と命じた。臣民はことごとくこの命に服し、その庫は忽ち莫大な金銀財宝で一杯となった、暫くすると国王は、更に次のようにお触れを出した。「我が国民のうち、負債あってその支払いの出来ぬものは、誰によらず、かの国民の財宝の納まっている庫の番人のものへ行け。我が定めた所の簡単な手続きを履めば、負債を払うに要する資財を貰えるであろう。この措置は今後中絶することはない。誰にでも、払わねばならぬ負債に苦しむ者は、かの宝庫に行けば、必ず所要の金額を恵まれるであろう」と。
         このお触れが布かれるや、澤山の負債が忽ち償還されて、負債者も喜び、債権者も亦喜んだことであろう。
         さて、天地の王者に在します神には、イエズス・キリスト、聖母及び諸聖人達の有り余る御功徳を集めさせられ、これを以て一大宝蔵を造られ、その支配を公教会に委ね給うた。公教会は、贖宥を施す毎に、この宝蔵を開き、極めて簡単な条件の下に、私達にその功徳の宝を分ち与えるのである。この贖宥の利益にあづかれば、単に神の裁きに依って私達が負わされた有限の罰の負債が残らず帳消しになるばかりでなく、更に不思議な事には、煉獄に在って苦しむ死者達の罰の負債さえ、償うことが出来る。
         私達は、この贖宥という、公教会の私達に与えてくれる便宜を、大いに活用すべきである。
         実に量り知られぬ、聖なる宝の数々が、私達自身のためにも又煉獄に苦しんでいる近親朋友達のためにも、かくも容易に手に入れられるわけなのであるが、そういう宝のあることを知らない限りは、手に入れる由もなかろう。それでは誠に勿体ないと思い、且つ信仰篤い人々の求めもあったので、此処に、この極めて重要な問題に就いて、簡単な手引草を編んだ次第である。
         それ故、この小冊子には何等学的な意図はなく、ただ一般信者及び聖職者、殊に信者の霊的指導に当たられる方に取って、手軽な入門書となるように書いたものである。
         このささやかな編著が、広く世の人に贖宥の偉大な価値を知らせると共に、益篤くこれを尊ばしめる一助ともなるならば、又信者各位の胸に、自分自身の利益の為にも又煉獄に苦しむ死者達の為にも、喜び勇んでこの贖宥の大利にあずかりたいという念いを起こすよすがともなるならば、著者の欣快これに過ぎたるはない。
                                          東京にて  著者 ウ・ロマーニ

         

        第一部 一般贖宥

         

        第一章 贖宥の意味


         贖宥(indulgentia)なる語は、一般に「親切にしてやる」とか「罪を免じてやる」という意味のラティン語動詞indulgereから来たもので、例えば、或る大名が、重罪を犯した家臣を赦してやるとすれば、即ちその大名は家臣にindulgentiaを施したわけであり、又或る債権者が債務者にその負債の一部又は全額を免除してやるとすれば、その債権者はindulgentia—即ち免除の行為をしたわけとなる。
         神学上の意味に於いても、贖宥(indulgentia)という言葉には、公教会が信徒に対して行う罪の赦し、愛隣の意味がある。
         聖会法典には贖宥の定義をして、「贖宥とは、罪責(とが)に関しては既に消滅している罪に依って受けねばならぬ有限の罰(poena temporalis)が天主の御前に赦されることで、教会の権威が、公教会の宝を利用して、生ける者には赦免の形で、死者には代祷の形で、施すものである」と言っている。(聖會会法第九一一條)
         この定義に依っても、又以下に述べる所に依っても窺われるように、贖宥は悔悛の秘蹟を補うものと言えよう。
         大罪であれ小罪であれ、凡そ罪というものには、これに罪責(とが)(culpa)と罰(poena)との二つがあることを識別せねばならぬ。
         罪責とは、罪を犯すことによって神に加えた不敬であり、罰とは、罪責に依って招いた懲罰である。罪責が重い場合、は、その罪は大罪と言われる。即ち、我等を天主に結ぶ超自然の絆を断ち、我等の衷(うち)に超自然の生命を造る成聖の聖寵を取り去って了うからである。大罪の招く罰は永遠の罰であり、地獄に堕ちて受けねばならぬ。
         これに反し、罪が軽い場合は、天主に背くが我等の衷(うち)なる超自然の生命は滅することなく、その罰に依って受ける罰も、煉獄か又は現世に於いて果たすべき有限のものである。
         悔悛の秘蹟は、大罪に依って天主に加えた罪責(とが)も、その為招いた永遠の罰も、共に赦免する。
         完全な痛悔の行為にも、同様の効力がある。しかしこの場合には、赦された罪を後に告白する義務が残るけれども。
         小罪の場合、そお罪責と罰との赦免も悔悛の秘蹟に依って得られる。だが、その他いろいろの方法に依っても得られるので、痛悔の行為を以てしてもよし、その他、ミサに与ること、ロザリオを誦えること等の信心業を以てしてもよい。要するに、凡そ神に對する愛徳の至情を信者の胸に燃え立たす信心業であれば、何れに依っても得られるのである。
         然しカトリックの教義に従えば、天主には、大罪の罪責(とが)とその招いた永遠の罰の凡てを赦し給うが、必ずしも罰の凡てを赦し給うとは限らない。即ち、罪が赦された後にも尚、有限の罰が残っていて、現世に於いてか又は煉獄に於いてこれを果たさねばならないのが、通例である。
         これに関して、トレントの公会議は、次のような見解を表明している、
        「罪責が主によって赦されるならば、必ずそれに伴う罰も凡て赦されるべきだと云うのは、絶対に誤っており、天主の言葉に背いていると、公会議は宣言する。」(第十四回集會第八條)。又他の箇所では、「成義の恩寵を受けた後には、凡て如何なる罪人でも悔悟した者には、罪責も赦され又重い罪責に伴う永遠の罰の處刑性も取り消され、かくして未だ天国に入らないうちに、現世か煉獄かで果たすべき有限の罰の處刑性も、跡も留めず消え失せるものだと公言する者は、何人たりとも破門するとある」。(第六回集會、聖會法第三十條)
         聖書中幾多の実例が、この言の真理であることを証明している。例えば、或る日預言者ナタンは、姦淫の重罪を犯したダヴィド王のもとに現れ、主の御名に於いて王に話した。ダヴィドは、自分の犯した重罪を認め、深く痛悔し、心の底から叫んだ、「ああ我エホバに罪を犯したり」。そこでナタンは、主が王の罪を赦し給うたことを告げた。だがそれと共に、「この悪行の懲罰として、姦淫の結果生まれた子は間もなく死ぬであろうし、その他いろいろの災難が王の家庭を襲うであろう」と警告するのを忘れなかった。(列王記二第十二章)。
         悔悛の秘蹟で罪を赦された人達に、多少とも辛い苦行を課し、又煉獄にいる諸霊を助ける為にミサの犠牲を捧げるのは、教会が古来絶えず、行って来た所であるが、この事は、永遠の罰の處刑性や罪責の断罪性が赦された後にも、尚一般に有限の罰の残滓が消えずにあると、カトリック教会が固く信じていることを証明するものである。
         尤も例外的な場合には、悔俊者の痛悔が極めて強烈であり、その愛徳の度も誠に完全なので、その為、悔俊の秘蹟だけで、永遠の罰や罪責のみでなく、如何なる有限の罰もことごとく赦されることも有り得るのである。
         悔俊の秘蹟で義とされた罪人は、罪責に就いては、既に赦された自分の罪の故に、当然自分が受けねばならぬ有限の罰を、悔俊の償罪の業に依って、現世に在って天主の正義に對して償うことが出来、又こうして来世に於ける煉獄の罰を免れることが出来る。
         凡そ信者が聖寵の状態に於いて成し遂げる行いはすべて、単に聖寵と光栄との増大を来たすのみならず、又罪の償いともなる。然れば聖書の中でも、例えば、慈悲の行いに功徳ありとし、(マテオ第二十五章三十五節-三十七節)、又罪の償いになるとも説いている(ダニエル書第四章に十四節)。
         聴罪司祭は償罪の法廷に来る罪人に罪責と永遠の罰を赦して後、教会の指令に従って、未だ残っている有限の罰に對する償いの罰を課する。その罰は、罪人が無法にも創造主から奪ったものと、被造物に過分に与えたものとの間に、改めて均衡を確立するため、その罪人が罪を犯した際濫用した財物や快楽を抛棄して、その罪に依って天主から奪った誉れと栄光とを、天主に還すことである。この償罪の業には、施興や慈善行為を以ってする財物の抛棄、祈りや種々の信心業を以ってする霊的能力の利己的使用の抛棄がある。
         殊に現代に於いては、聽罪司祭が我々の弱さを考慮して、我々が当然果たすべき償いよりも遥かに軽い償いを課することが、屡々あるので、そうなると、有限の罰の大部分が消えずに残ることとなる。
         斯く我々が弱いものであり、償罪の精神に乏しいことを思う時、我々の罪に依って天主の正義にたいして造った幾多数知れぬ負債(おいめ)を果たすことは、現生に於いては殆ど出来ないこととなろう。そこで、心易しく恵み深い母なる教会が、我々を助けに来る。即ち、教会の宝蔵を開いて贖宥を我等に勧め、これを得るには極めて容易な条件を果たせばよいと言うのである。我々は、我々の罪の結果として当然に果たすべき有限の罰を、この贖宥を以て清算することが出来る。
         要するに贖宥は、小罪をも大罪をも永遠の罰をも赦免するものではない。それは決して成義を行うものではないが、贖宥のある所必ず成義もあったのである。贖宥はただ、罪の罪責が赦された後に尚果たすべく残っている有限の罰をのみ、赦すものである。

         

        マリア・シンマの覚え書き 2

        2016.02.22 Monday

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          『煉獄の霊魂の叫び』マリア・シンマ著 (天使館発刊)より

          第二部 マリア・シンマの覚え書き 

          なぜ神は、このようなことを許されるのか

           多くの人が自問します。
          「死者が生きている者に現れるなどということを、神が許すことは可能なのだろうか?」と。
           神の善意によってすべては可能である、ということを認めるにしても、なぜこのように特殊なことをお許しになるのでしょう?
           勿論それは、われわれの好奇心を満たすためではありません。神の憐れみゆえに、通常の域を超える出来事が起こるにしても、それはとにかく、救いのための神のご計画と調和するものなのです。このことは、事実を判断するため、またそこから霊的利益を得るために、われわれが有していなければならない見解です。またこのような事実は、死者にとって大きな慰めともなります。なぜなら彼らが苦しみから解放されることを可能にし、煉獄の霊魂のためにもっと祈り、地上的なすべてのことから離脱するように、生存者を励ますことにもなるからです。
           現代の最大の危険は、物事が物質的にうまくゆきすぎることです。われわれは、永遠のいのちについてもっとも心配しなくてはなりません。それは永遠に続くからです。一時的な事柄にわれわれの心を執着させないようにしましょう。すべて過ぎ去るものは、何も自分といっしょに持って行くことはできないのです。所有物、事業、美しい物…。全ては過ぎ去り、しかもわれわれが想像する以上に早く過ぎ去ります。われわれが持って行けるのは、良い行いだけなのです。生きるために地上の富を必要とすることは明らかですが、われわれの心をそれに執着させてはいけない、ということです。これが問題なのです。これが、他の私的啓示のように、煉獄の霊魂の出現の目的と意義でもあります。
           超自然との触れ合いを神が許されることの、唯一の理由はこれです。どうか憐れみ深い神が、私達がそこから利益を獲得することができるように、その祝福と恩恵を与えてくださいますように。
           主の道は驚嘆すべきもの、測り知れないものです。聖アウグスティヌスのように、大罪人が偉大な聖人になることも可能です。サウロは、突然聖パウロになりました。


          私的啓示に関する慎重さの必要

           度々人は、カトリック教会が私的啓示に関して用いる、非常な用心深さについて理解することができません。しかし、それには理由があり、それは善いことなのです。なぜなら、教会は真理の守り手だからです。たった一つの偽のケースを公認するよりも、十の真実なケースを認めないほうがよいのです。しかし、ある事実が完全にキリストの教えと一致するとき、それがまだ神学的に深く検討される対象になっていないとしても、教会は拒否してはいけません。
           Bruno Wechner司教様は、私を呼んで言われました。「他の死者のために煉獄の霊魂に質問するなどということが神のみ旨だとは、私は疑問を持っています。」
           私は答えました。「私もある日霊魂に尋ねました。『私がそのために質問する霊魂についての勧告を、どうやって私に与えることができるのですか?』と。その霊魂はこう答えました。『私たちはそれを、憐れみの母マリア様から知らせていただくのです』と。」すると司教様は、とにかく存在するのだろうが、天と地上との間のことについて、まだ神学的見地からみて理解されていないことがあるので、このような問題に関係しないほうがよい、という見解を示されました。そして私に、このことが信憑性のあることだと承認されることを期待してはならない。とも言われました。そして、私という人間が生きている限り、教会は決してそうすることはないだろう。教会が非常に厳しいのは(われわれはよくこのことを認めなければなりません)、特別の恩恵に恵まれた人でも、それに不忠実になることが可能で、敵からの攻撃にたいして安心することは決してできないからだ、ともおっしゃいました。ですから、このような霊魂は、悪魔のいざないに対する防衛として、よい霊的指導司祭をもたなければなりません。

           
          このような事実を知ることは必要か、それとも黙ったほうがよいか

          「なぜ煉獄の霊魂は、あなたのところに来るのですか?」
           これは、しばしば私に対してなされる質問です。それは確かに、私の信心が原因となるものではありません。私よりもっと信心深い人はたくさんいます。ところが霊魂たちは、彼らのところへ行きません。超自然的現象は、「聖性の寒暖計」とはなりません。完徳を測る基礎は、無償の愛徳、愛ゆえに他人のために苦しむこと、キリストの模倣です。地上の生活は、十字架なしにも、苦しみなしにも、過ごすことはできません。
           ある日煉獄の霊魂は言いました。
          「もっとも功徳あることは、大きな忍耐と愛をもって忍ばれた苦しみです。また神の御母がもっともよいところ、もっとも必要とされると思われることに、お望みのままにそれを用いることがおできになるように、捧げ物として聖母の御手の中にその苦しみを置くことです」。
           私たち自身が勇気をもって苦しむことよりも、苦しんでいる人に、忍耐強く我慢するようにと励ますことのほうが、あきらかにもっと易しいことです。苦しむということが何を意味するか、私は知っています。しかし、まさに苦しみが痛ましいものであるからこそ、その価値はこれほど大きいのです。
           なぜ彼らが私のところに来るのか、私ははっきり知りません。確かに煉獄の霊魂は、他の人のところにも行くことができます。Voralbergで、今は死にましたが、霊魂たちが赴いていた人を、私は二人知っています。現在でも勿論、助けを頼むために来る霊魂の訪問を受ける人たちがいますが、ほんの少しの人しかこのことを知りません。彼らの使命は、私のものとは異なるのです。
           このようなことは公衆には隠しておいたほうが、ずっと簡単であることを知っています。なぜなら多くの無理解、軽蔑を受け、しばしば司祭たちからもそうされるからです。多くの司祭は知識人なので、全てを分かろうとします。しかし主の道は、そのような方法で調査されることを許しません。非常な謙遜を必要としますが、これはわれわれの時代に度々不足していることです。


          私は修道院に入ることを望んでいた

           私は幼年時代から、神が何か非常に特別な犠牲を私に望んでおられることを理解していました。学校に行き始めるころになると、この犠牲が何かを、知りたいと思うようになりました。その頃、ミルクを取りに行くために、長い道のりを歩かねばなりませんでしたが、2カ所の乾草置き場のそばを通ってゆくのが常でした。私は考えました。「神様は、私に何を望んでおられるかを、きっと知らせてくださるに違いない」。それで、次のよな祈りをしました。
          「主よ、あなたにはすべてが可能です。私がこの乾草置場のそばを通るとき、二つのうちのどちらかに、私がすべきことを書いた紙片を見い出すことができるようにしてください」。
           しかし、いつ戻ってみても、それは無駄でした。だんだん我慢ができなくなって、神様に言いました。
          「あなたはすべてをご存知です。私のためにあなたがお選びになった道を私が見つけなくても、それは私のせいではありません」。
           学校が終わったときに考えました。「多分私は修道院に行かなくてはならない。きっと神様が望んでいるのは、そこに違いない」。17歳のときにチロルのHallにあるイエズスの聖心修道会に入りました。1年後、身体が弱すぎるということでそこを去らなければなりませんでした。
           すぐにまた、別の修道院に行きたいと思いました。今度は、Cosutanza湖畔にある、Bregenzに近い、Thalbachiのドミニコ会を選びました。「すぐにあなたに言います。あなたは、私達の会のためには弱すぎます」。それで、そこにもう残ることができませんでした。次に、フランシスコ会の女子宣教会を知りました。「ああ、私に合った修道会はこれだ。他の霊魂を神に導くこと。これこそ、私の使命に違いない。勉強をしたり教師になるには、私はあまりにも能力がなさすぎる。だから、いつか宣教地に出発できる修道会に入ろう」、と考えました。
           神様に言いました。「とにかくそこに残ることができるようにしてください。そうでないなら、もう決して他の修道会に行きません」。1938年にそこに入りました。私には、そこがとても気に入りました。ところがこの最後の場合にも、院長は私に言いました。「あなたは、皆の中でいちばん弱いですね…」。それでも畑の仕事が終わった頃には、何とかやりおおせるだろうと期待しました。しかし、収穫期が終わると院長は明言しました。「あなたは私達のためには弱すぎるので、あなたを置いておくことはできません」。



          最初の出現

           そこで考えました。「私にとって全ては終わった。神が私のために用意なさった道を見つけることはできなかった。神様は、私にそれを教えてくださらなかった」と。
           しばらくの間この考えは、霊的な意味で私を非常に悩ませました。しかし、私にできることはすべてやったので自分に罪はない、という思いが私を慰めました。
           幼年期から、私は煉獄の霊魂への大きな愛を抱いていました。私の母もそのことをとても大切にしていて、いつも次のような勧めを繰り返していました。「何かお願いしたい大切なことがあるときは、煉獄の霊魂に頼みなさい。もっとも有効な助け手だよ」。初めて煉獄の霊魂が私に現れたのは、1940年のことでした。寝室の中を誰かが行ったり来たりしているのを感じて、私は目を覚ましました。私は決して恐がりな人間ではありませんでした。恐れを感じるよりは、むしろその人に襲いかかったことでしょう。
           一人の外国人の男の人が、ゆっくりと遊歩しているのを見ました。私は詰問の調子で質問しました。「どうやって入ったのですか?何か無くしたのですか?」。彼はまるで何も聞こえなかったかのように、行ったり来たりし続けました。「何をしているのですか?」ともう一度尋ねました。何の答えも得られませんでした。私はベッドから飛びおりると、彼をつかまえようとしました。ところが、空気以外には何も捕まえることができず、もう何も見えませんでした。私はベッドに戻りましたが、再び誰かが歩く音を聞きました。「私にはこの男が見えるのに、どうして何も掴まえることができないのか?」、と考えました。私はもう一度起き上がり、ゆっくりと彼のほうに歩み寄りました。彼を止まらせようと思ったのです…するとまたもや、空気を掴んだだけで何もないのでした。
           やっと安心して、新たにベッドに戻りました。それは朝の、およそ4時頃でした。彼はもう戻って来ませんでしたが、私はもうそのあと、眠りにつくことができませんでした。ミサのあと、私は指導司祭のところに行き、すべてを物語りました。「もしまた同じようなことが起こるようだったら、『あなたは誰か?』というふうに聞かずに、『私に何をして欲しいのか?』、と尋ねなさい」、と簡単に助言してくださいました。
           次の日の夜、彼はまた戻って来ました。それは、前夜と同じ人でした。それで私は尋ねました。「私に何をして欲しいのですか?」。すると彼は答えました。「私のために、3回のミサを上げてもらってください。そうすれば、私は自由になるでしょう」。
           そこで私は、彼は煉獄の霊魂にちがいない、と考えました。私が聴罪司祭にそう言いますと、彼もそうだと承認しました。1940年から1953年にかけての期間は、普通は11月に二人か三人の霊魂しか来ませんでした。私はまだこのことに、私が果たすべき特別の使命があるとはみていませんでした。私の指導司祭でもあった教会の主任司祭、アルフォンソ・マット神父様に出来事の全てを話しました。彼は私に、決して一つの霊魂でも遠ざけてはならず、すべてを寛大に受け入れなさい、と忠告してくださいました。