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2017.01.04 Wednesday

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    45  主イエズスの誕生*

    2013.06.19 Wednesday

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      マリアとヨゼフとが、動物たちとともに夜を過ごしている廃墟の中のあわれな洞穴をまた見る。
      小さい焚火が、その番人と同じように、うとうとしている。マリアは、枯れ草の寝床から静かに頭を上げて見る。ヨゼフは、考えにふけっているかのように胸に頭を垂れて、目覚めていたいその意志にもかかわらず、疲れに負けた、とマリアには分かる。彼女は、にっこりほほえんで、バラに止まる蝶ほどの音も立てずに起き上がって、
      座って膝を折る。顔に幸せそうな、ほほえみを浮かべて祈る。全く十字形ではないが、手を上向きに広げて祈っている。その姿勢で疲れないと見える。それから、もっと熱心な祈りに専心して、顔を枯れ草に伏せてひれ伏す。長い祈りである。ヨゼフは、突然、半睡から身を起こし、火がほとんど消えかかっていることと、小屋が暗くなっているのに気がつく。細かい、細かいエリカの一握りほどのものを投げ入れると、火がまた燃え上がる。 寒さは肌を刺すようで、少し太い小枝、さらに、もう少し太いのを加える。廃墟の中に八方から入る冬の晴天の夜の寒さである。手を火にかざし、サンダルも脱いで足も暖める。火がよく燃え出すと頭を回す。何も見えない。暗い枯れ草の上に、ほの白く見えていたマリアのヴェールも見えない。立ち上がって、ゆっくりと寝床に近づく。「マリア、寝ないのか」と聞く。これを三回繰り返して聞くと、彼女はやっと我に返って答える。
      「祈っています」
      「何か必要なものは?」
      「いいえ、ヨゼフ。何も」
      「ちょっと寝るように、少しでも休むように努めなさい」
      「そうしましょう。でも私は、祈っていても疲れはしません」
      「ではお休み、マリア」
      「お休みなさい」
      マリアは、もとの姿勢に戻る。ヨゼフはもう眠気に負けないように、火のそばにひざまずいて祈る。両手を強く顔に押し当てている。時々、火に小枝をくべようとして手を放し、続いてまた、すぐ熱心な祈りに戻る。パチパチとはぜる焚火の音と、時々ろばが、ひづめで地面を打つ音のほかに、何も聞こえない。
      天井の割れ目から忍び込む月の光は、マリアを探している銀の刃物のように見える。月が空に昇るに従って、その光は長くなり、とうとうマリアに達すると、その頭に純白の光輪を作る。
      マリアは、天の呼び出しを受けたかのように頭を上げ、また、ひざまずいた姿勢になる。おお、今は、ここもなんと美しい!
      彼女は、月の白い光の中に輝いている頭を上げ、この世のものと思われないほほえみが、彼女を変容させる。 何を見ているのか? 何を聞いているのか? 何を感じているのか? 母性のきらめきの時に何を見たか、何を聞いたか、感じたか、自分しか言えない。私は、光が彼女を包み、濃く、濃く、濃くなるのだけを見る。 その光は、天から下るとも見え、また彼女を取り囲む貧しい辺りの物から発するとも見えるが、何よりも、彼女自身から発するように見える。
      濃い水色の服は、忘れな草の柔らかい空色で、手と顔とは、青白い大きなサファイヤに照らされた人のように、うすい水色になる。天国のヴィジョン、博士たちが来たときのヴィジョンでは、それほど濃くないが、その色を思い出させる。この色は辺りにだんだん広がり、清め、輝かしくする。
      光はマリアの体からますます派出し、月の光も吸収する。天から下る光を自分の方へ引きつける感じである。 もはや、光の宝庫と見える。この幸いな、あふれるばかりの計り知れない”永遠の神的なこの光は”だんだん満る潮のように、香のように昇り、大河のように流れるヴェールのように広がる、光の原子のコーラスのような暁で告げられる。
      割れ目、突起、くもの巣だらけの、煙と煤で黒くなっていた見るに堪えない天井は、王室のサロンの天井とも見える。 散らばっている石ころは、銀の塊のようで、すべての割れ目はオパールの輝き、くもの巣は銀とダイヤモンドで刺繍された天蓋のように見える。大きな二つの石の間で、冬眠中の大きな緑とかげは、どこかの女王が、そこに忘れたエメラルドの装飾品、冬眠中のこうもりたちは、オニキスの貴重なシャンデリアとも見える。上の棚にあった枯れ草は、もう草ではなく、垂れている髪の束の美しさをもって、空中にふるえる純銀の糸のようである。
      下の草桶は、黒っぽい木でできているが、みがかれた銀に見え、壁は浮織りの錦で覆われて、純白の絹地は、ちりばめた真珠の刺しゅうの下にぼかされている。そして、土間は白い光に燃える水晶となった。でこぼこの突起の
      部分は、尊敬を表すためにまかれた光のバラのようで、穴は、香料と香りが発する貴重な杯となった。光はますます輝きを増して、目はそれに耐えきれない。その光の中に、あたかも白熱の幕に吸収されたかのようにマリアは見えなくなって…母マリアが現れる。
      そうだ。光が私の目に耐えられるようになると、生まれたばかりの子を抱いたマリアが現れる。バラ色の丸丸とした小さな子ども、バラのつぼみぐらいの小さな手足をバタバタ動かしている。本当に生まれたばかりの小羊のように、ふるえる声で産声を上げ、森の野いちごのような小さい口を開くと、赤い舌が上あごにくっつく。髪の毛がないように見えるほど、薄いブロンドの小さい頭、マリアが掌の中に支える丸い小さい頭。母はニコニコして、その無辜の頭にではなく、胸の真ん中に ― 小さい心臓が鼓動する、いつの日か、私たちのために、あの恐ろしい傷のできるところに ― 接吻する。母は、その汚れのない接吻によってあらかじめ、その傷を治療させる。明るさに目覚めた牛は、ひづめの大きな音を立てて、立ち上がり、モォーという声を上げる。小ろばも、つられて頭を上げて無作法に鳴声を立てる。時ならぬ光に起こされたためだろうか、すべての動物を代表して、自分たちの創造主に最初の挨拶をするつもりだったと、私は考えたい。環境を忘れるほど熱心に祈っていたヨゼフも、我にかえる。顔に押し当てている指の間から、微妙な光が射すのが見えるので、顔から手を放し、頭を上げて振り向く。立ち上がった牛が、マリアを隠す。しかし彼女が「ヨゼフいらっしゃい」と呼ぶ。
      ヨゼフは動き出して、この光景を見ると、尊敬の念に打たれて、今いる所にひざまずこうとする。しかし、マリアが続けて呼ぶ。」
      「ヨゼフいらっしゃい」そして、左の手を枯れ草につき、右の腕で幼な子を抱いて立ち、行きたくてたまらない望みと、恐れ多いという感情とで、当惑しているヨゼフの方に行く。
      牛の敷き藁の所で二人の夫婦は出合い、限りない幸福でうるんだ涙の目を見合わせる。
      「イエズスを御父にささげるために、いらっしゃい」とマリアがヨゼフに言う。
      ヨゼフはひざまずくと、彼女は天井を支えている大きな幹の間に立って、腕で子供を差し上げて言う。
      「神よ、私はここにいます。あなたのおぼしめしを行うために」彼のために、このことばを言う。「この子と一緒に、私マリアと私の夫ヨゼフはあなたのおぼしめしを行うために尽くします。主よ、私たちは、あなたの召使いです。あなたの栄光のために、あなたの愛のために、どんな時でも、どんなことがあっても、私たちは、あなたのおぼしめしを行います」それからかがんで、「ヨゼフ、抱いてください」と幼な子を差し出す。
      「私? 私に? おお、そんなこと! 私は不肖で、主を抱くに堪えない!」ヨゼフは神にさわるということを考え、恐懼(きょうく)してしりごみする。
      しかし、マリアは、ほほえみながら言う。
      「おお、あなたこそ、いと高きものは、あなたを選ばれたのです。ヨゼフ、抱いてください。私が布を探している間…」
      ヨゼフは真っ赤になって、寒さにひいひい泣いている、柔らかい、丸々とした幼な子を腕に抱きとり、尊敬のためにふれないという意向を捨てて、胸に強く抱きしめて、大きなすすり泣きとともに言う。
      「おお、主よ! 私の神よ!」とかがんで、その小さな足に接吻すると、冷たいと感じる。土間に腰かけて膝の上にすっぽりおき、栗色の服と手で幼な子を覆い、暖め、夜の肌を刺す冷たい風から守ろうとする。火の方へ行きたいが、そこは入口から入る寒気がきびしい。ここに残った方がいい。それとも風の盾となり、暖かさを発する二頭の動物の間に行く方がよかろうと判断する。牛とろばとの間に入り、入口に背を向け、幼な子の上にかがんで自分の胸でついたてを作る。両側の壁は、長い耳を垂れている灰色の頭と煙る鼻、やさしい湿っぽい目をしている白い大きな鼻面である。
      マリアは小箱を開き、そこから布と、幼な子をくるむ長い布きれを出す。火のそばへ行って、それを暖めた後、ヨゼフの所に行き、暖かい布に幼な子を包み、小さい頭には、自分のヴェールをとって包む。
      「こんどは、どこに寝かせましょうか?」と聞く。ヨゼフは見回して考える。
      「ちょっと待って…」と言う。「二頭の動物とその枯れ草を、もっとこっちの方へ引いて、上の棚にある枯れ草を出して、この桶の中に入れよう。桶の側は風から守るし、枯れ草は寝床となり、牛が吐く息でいくらか暖めてくれるでしょう。牛の方が、ろばよりがまん強くて静かだから」
      マリアが子供を胸に抱きしめて、少しでも暖めるために頬を小さい頭に当ててあやしている間、ヨゼフは忙しく働く。
      ヨゼフは、こんどはどんどん火をおこし、よく燃やして枯れ草を暖め、それを乾かして冷たくならないように、ふところに入れる。子供に小さい敷きぶとんが作れるほどの草を集めてから、まぐさ桶に入れ、揺りかごのように整える。
      「さあ、準備ができた」と言う。「草がちくちくするし、子供を覆うために毛布がいる…」
      「私のマントをおとりなさい」とマリアが言う。
      「そうしたら、あなたが寒くなる」
      「おお、それはかまいません!毛布はとても粗いでしょう。マントの方がもっと暖かい。私はちっとも寒くありません。ただ子供が寒くないように」
      濃い水色のやわらかい波打つような足どりで子供を運んで寝かせ、マントの裾で覆い、マリアの薄いヴェールにしか覆われていない小さな裸の頭まで引っぱる。人間のこぶしぐらいの大きさの小さい頭だけが出ている。草桶にかがんでいる二人は、その最初の眠りにつく幼な子を幸せそうに眺める。布と枯れ草の暖かさが泣声をやめさせ安らかな、やさしいイエズスの眠りをうながす。

      *ルカ2・6〜7。

      あかし書房 フェデリコ・バルバロ訳 マリア・ワルトルタ『聖母マリアの詩』上より

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      44 ベトレヘムへの旅 つづき2

      2013.06.18 Tuesday

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        低くて湿っぽい小屋というよりも、洞穴といった方がよい所がある。それでも一番よい所には、もう人が入っている。ヨゼフはがっくりする。
        「おーい。そこのガリラヤ人!」と後ろから一人の老人が叫ぶ。「あそこ、奥の方、あの廃墟の下に洞窟みたいな所がある。そこには多分まだ、だれもいないだろう」
        その”洞窟”の方へ足を早める。本当に洞窟である。昔の何かの建物で廃墟の中に通路があり、その向こうに土台とも考えられるもので、その屋根は、木の幹に支えられている廃屋である。
        もう、光は非常に少ないので、ヨゼフは肩にかけている袋から火打石を取り出して、小さい灯かりに火をともす。入ると、牛の声に迎えられる。
        「マリア、おいで。空っぽです。一頭の牛がいるだけ」
        ヨゼフは苦笑いして、「何もないよりはいいでしょう」と言う。マリアは小ろばから下りてくる。
        ヨゼフは柱となっている木の幹についている釘に、小さな灯かりをかける。天上は、くもの巣がかかり、床は、
        石、くず、破片や動物の糞が散らばった土間ではあるが、藁もある。奥の方では一頭の牛が枯れ草を噛みながら頭を回し、その静かな目でじっと眺めている。明かりとりの窓のそばの隅には、粗末な腰掛けと二つの石がある。その隅が黒く焚き火をする所と分かる。
        マリアは牛に近寄る。寒いので手を暖めるためにその首におく。牛はモォーと鳴いて、したいようにさせる。何だか分かっているような感じである。ヨゼフが、草桶から枯れ草をとってマリアのためのベッドを作ろうとして、牛を向こうへ押す時にも、牛は素直にされるままになっている。まぐさ桶は二重になっている。というのは、牛が食べるまぐさがなって、その上に柵が作ってあり、予備の枯れ草が入っている。ヨゼフは、その上の枯れ草をおろす。小ろばのためにも場所を作り、飼い葉をやる。この小さな動物も疲れてお腹をすかせているので、すぐに食べ出す。ヨゼフは、ころがっているへこみだらけのバケツを見つけ、外に出て小ろばのための水を汲んで戻る。それから、隅におかれている小枝の束で土間を掃き、一番乾燥して風の当たらない隅―牛のそば―に枯れ草で寝床を作る。しかし、この枯れ草も湿っぽいと感じて、ため息をつく。焚き火で、忍耐強く枯れ草を束に分けて、火のそばにかざして乾かす。
        マリアは疲れて低い台に腰かけ、ヨゼフの働きぶりを見ながら、やさしくほほえむ。たちまち、あたりはすべて備えられる。マリアは肩を株にもたせて、ふかふかした枯れ草に少しは楽に腰かける。ヨゼフは、入り口になっている割目の前に、カーテンのように、自分のマントをかけて室内装飾? を完成させる。たいした防寒具ではないが、ともかく…。それからマリアに、パンとチーズをすすめ、水筒から水を飲ませる。
        「これから少し寝なさい」と言う。「私は火が消えないように起きて番をしている。幸い薪が少しある。続いて燃えてくれればいいが…これで灯かりの油が節約できる」
        マリアは素直に横になる。ヨゼフは、マリアのマントと、先に足の上にかけていた毛布で覆ってやる。
        「でも、あなたは…寒いでしょう」
        「いいえ、マリア。私は火のそばにいる。今、何とかして休みなさい。明日はもっと、うまく行くでしょう」
        マリアは、もう何も言わずに目を閉じる。ヨゼフは、枯れ枝をそばにおいて、隅の台の上にひっそりとうずくまる。
        そのそだも少なく、あまり長くもちそうもない。
        その情景は次のようである。
        マリアは右の方、入り口に背を向けて、敷き藁に寝そべった牛の体と切り株に、ほとんど隠れている。ヨゼフは入り口の斜め左方にいる。そして、顔を火に向けているので、肩がマリアの方に向いている。しかし、彼女を絶えず見守って、たびたび頭を回し、静かに寝ている様子を見て安心する。そっと小枝を折り、小さい焚き火に一つずつくべて、そのわずかのそだで火が消えないように、少しでも光があるように注意している。灯かりは消されて、薄明かりの中に、牛とヨゼフの顔と手の白さだけが見える。ほかのすべては、ほの暗さに、ぼかされた塊でしかない。
        *  *  *
        「口述はありません」とマリアが言われる。「ヴィジョンが充分、語っています。そこから湧き出る愛、謙遜、純潔の訓戒をよく理解しなさい。”目覚めて”休みなさい。私がイエズスを待ちながら、そうしていたように。彼は自分の平和を運ぶためにもう間もなく来るでしょう」

        あかし書房 フェデリコ・バルバロ訳 マリア・ワルトルタ『聖母マリアの詩』上より






        44 ベトレへムへの旅 つづき

        2013.06.17 Monday

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          「その状態の女にとっては長い旅だね。あなたの妻か」
          「そうです」
          「泊まるところは?」
          「決まっていません」
          「ああ それはいけない! 名前を届けるためにやって来た人々でベトレへムはあふれている。宿が見つかるかどうか…ここらへんをよく知っているのか?」
          「たいして…」
          「じゃあ、私が教えてあげよう、彼女のために」と、マリアを見ながら言う。「まず、宿屋を探しなさい。人で一杯だろうが、そこらで一番広い広場に面した所です。この街道からまっすぐ行けば、まちがうことはない―その宿屋の前に噴水があるが―大きな門のある広くて低い家です。満員で宿屋や他の家にも場所が見つからなかったら、宿屋の裏の畑の方に回りなさい。山の方に小さな小屋がある。エルサレムへ行く商人たちは、宿屋が満員で見つからないと、よくそこへ動物を入れる。まあ、ドアもない湿っぽい小屋にすぎないが、それでも避難所となろう。女連れでは…道ばたで野宿もできまい。そこなら多分、寝るために、また、ろばのための枯れ草も見つかるだろう。神様がお二人とともにおられるように」
          「神は、あなたに喜びを与えますよう…」とマリアは答える。
          「平和が、あなたとともに」とヨゼフが言う。
          旅を続け、小さな峠を越えると、前の方に、もっと広い盆地が広がる。その盆地を取り囲む斜面には、上の方にも下の方にも、多くの家が見える。ベトレへムである。
          「ダヴィドの地に着いたのですよ、マリア。やっと休むことができるでしょう。とても疲れているようだね…」
          「いいえ、ただ考えていたことが…」マリアはヨゼフの手をつかまえて、幸せなほほえみを浮かべて言う。
          「時期が来たようです…」
          「え? あわれみの神よ、どうしよう…」
          「恐れないで、ヨゼフ。ごらんなさい、私は何の心配もしていないでしょう?」
          「しかし、苦しいでしょう…」
          「おお、そうではありません。私は喜びにあふれています。どれほどの喜びか。心は強く動悸して、私に『生まれる! 彼が生まれる!』と繰り返しています。私の心を叩いている私の子供が『お母さん、私は、神の接吻をあなたに与えるために来る』と言っています。おお、私のヨゼフ、何という喜び!」
          しかし、ヨゼフは喜んでばかりはいられない。何とか避難所を見つけることが緊急である。歩みを早め、ドアからドアへ宿を頼むが空いた場所がなく、断られる。宿屋に着く。ここも満員で、
          中の大きな庭をとり囲んでいる素朴な回廊の下でさえも、休んでいる人々で一杯である。ヨゼフは庭の中に、小ろばに乗ったままのマリアを残して、他の家々を探しに行く。やがて、がっかりして戻る。どこにも場所がない。冬の早いたそがれが迫っている。ヨゼフは宿主にこいねがい、旅人たちに頼む。彼らは男で、健康であり、ここにはもう産気づいている女がいる…。同情してくれるように頼むがむだである。一人の金持ちのファリサイ人が、二人をあらわな軽蔑の目で見下し、マリアが近づくと、癩病人が来たかのように退く。* ヨゼフは、それを見て憤慨で真っ赤になるが、マリアは、なだめようとしてヨゼフの手首をつかんで言う。
          「強いて頼まないで、行きましょう。神様が計らってくださるでしょう」
          外に出て、宿屋の塀に沿って、この塀と貧しい家の間に引っこんでいる小道を曲がる。宿屋の裏に回って探す。

          *レビ記12・2。

          あかし書房 フェデリコ・バルバロ訳 マリア・ワルトルタ『聖母マリアの詩』上より

          マリア・ワルトルタ『聖母マリアの詩』上より

          2013.06.15 Saturday

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            44 ベトレへムへの旅

            群衆で雑踏する街道を見る。家財道具と人を載せて行くろば、戻るろば、人が乗り物に拍車をかけ、歩いている人は、寒いので足を早める。空気は済んで乾燥して、晴天ではあるが真冬の肌を刺す寒さである。裸の畑はいっそう広々として見え、牧場には冬風に焼けたような短い草しかない。それでも牧場に羊たちは、何かの糧を求め、ゆっくりと昇る太陽を探す。この小さな動物も寒さのために身を寄せあっている。顔を上げて鳴き”寒いから早く来い”と言うかのように太陽の方を見る。このあたりは、波打つ丘陵地帯である。いくらか草の多い盆地、小さい谷や丘が並び、道はその真ん中を南東の方向に向かっている。
            マリアは、灰色の子ろばに乗っている。重いマントにすっぽりくるまって、鞍の前の方にヘブロンへの旅の時に見たあの道具と箱を載せている。
            ヨゼフは手綱をとって歩いている。
            「疲れたか?」とたびたび聞く。
            マリアはほほえみながら「いいえ」と言う。三度目に「歩いている、あなたの方こそお疲れでしょう」と言い加える。
            「おお、私のことか。私にとっては何でもない。ただ、もう一頭のろばを調達できたなら、あなたも少しは楽に、旅ももっと早くできたはずだったのに。しかし、どうしても見つけられなかった。まあ、元気を出してください。直にベトレへムへ着く。その山の向こうにエフラタがある」
            それから沈黙が続く。マリアは話さない時には、心の祈りに専念しているようである。自分の考えごとに柔和にほほえみ、群衆を見ても、男か女か、老人か羊飼いか、金持ちか貧乏人か気がつかず、自分だけがみているものにとらわれている。
            「寒くないか?」とヨゼフは風が吹き出したので聞く。
            「いいえ。ありがとう」
            しかし、ヨゼフは信用しない。小ろばのわきに下がっているサンダルを履いたマリアの足にふれる。その足は、長い服の裾からちょっとしか出ていないが、冷たいと感じたようである。ちょっと頭を振って、肩から斜めに背負っていた毛布を外して、マリアの足を包み、膝の上まで伸ばし、毛は毛布とマントの下で暖められるようにする。
            左手の牧場から右の方の牧場に、渡ろうとする羊の群れが道を横ぎる。 
            ヨゼフは、その群れを連れている羊飼いを見つけ、その人に何か耳打ちする。羊飼いはうなずく。ヨゼフは小ろばの手綱を引いて群れについて牧場へ行く。羊飼いは、肩にかけている袋から荒削りの椀を出して、乳房のよく張っている雌羊の乳をしぼり、ヨゼフは乳で一杯になった椀を、マリアに渡す。
            「神は、お二人を祝福しますように」とマリアが言う。
            「あなたを、あなたの愛のために。あなたを、あなたの慈悲のために。あなたのために祈ります」
            「遠くから来たのか?」
            「ナザレトから」とヨゼフは答える。
            「行くところは?」
            「ベトレへムです」

            あかし書房 フェデリコ・バルバロ訳 マリア・ワルトルタ『聖母マリアの詩』上より
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