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2017.01.04 Wednesday

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    『カトリック教会のカテキズム』第2部 神の十戒 第2章「隣人を自分のように愛しなさい」より

    2013.08.21 Wednesday

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       #2245 「教会はその任務と権限から見て、決して政治的共同体と混同すべきものではなく、いかなる政治体制にも拘束されるものではありません。同時に、人間(ペルソナ)の超越性のしるしであり、またその保護者です」。教会は「国民の政治的自由と責任を尊重し促進します」。

      #2246 「人間の基本的権利や霊魂の救いが要求するときには、政治的秩序に関することがらについても倫理的判断を下すこと」は、教会の使命に属することです。「これらを行うにあたって教会は福音にふさわしく、時と条件の違いに応じてすべての人の益にふさわしいあらゆる手段を、そしてそれのみを用いる」のです。

      #2257 すべての社会は、何らかの人間像やその未来像をそれぞれの判断や行動の根拠としています。神と人間とに関する福音の光に従わない社会は、容易に「全体主義」に陥ります。

      #2261 聖書は、「罪なき人、正しい人を殺してはならない」(出エジプト23・7)という説明をつけて、第五の掟で述べられている禁止の意味を明確にしています。罪のない人を故意に殺害することは、人間の尊厳や黄金律、ならびに創造主の聖性とは相いれない重大な罪です。これを定める法は普遍的に有効であり、時と所とを問わず、すべての人間、また一人ひとりの人間を束縛します。

      #2263 個人および社会の正当防衛は認められます。それは罪のない人を故意に殺害することを禁止するおきての例外としてではありません。「自己防衛の行為によって二つの結果が生じる可能性があります。一つは自分自身のいのちの保全であり、他は攻撃者の死です」。「一つの行為によって、それだけを意図していた結果と意図していなかった結果との二つが生じるような場合、その行為が禁じられることはありません」。

      #2264 自分自身に対する愛というものが、倫理の基本原理です。したがって、自分の生きる権利を他の人の攻撃から守るのは正しいことです。自分のいのちを守るために戦う者は、たとえ攻撃者をやむなく殺すことがあったとしても、殺人の罪科を負うことはありません。
      「自己防衛のために、必要以上に暴力を振るうことはゆるされません。しかし、他人の暴力を適度に退けることはゆるされます。…また、この適度な自己防衛のため、やむなく他人を殺すことがあっても、救霊に差し支えありません。他人のいのちよりも自分自身のいのちにいっそう留意しなければならないからです」。

      #2265 正当防衛は単に権利であるばかりではなく、他人の生命に責任を持つ者にとっては重大な義務となります。共通善を防衛するには、不正な侵犯者の有害行為を封じる必要があります。合法的な権威を持つ者には、その責任上、自分の責任下にある市民共同体を侵犯者から守るためには武力さえも行使する権利があります。

      #2266 人々の権利や市民社会の基本的な規定に反する有害な行為が広がるのを抑制する国家の務めは、共通善を守るという要求にこたえるものです。合法的な公権は、違反の重さに比例した罰を科す権利と義務を持っています。処罰の第一の目的は、違反行為によってもたらされた混乱を正すことです。違反者がこれを喜んで受け入れるとき、償いの効果は達せられます。処罰にはまた、公共の秩序を守り市民の安全を擁護することに加えて、加療するという目的があります。処罰は、可能な限り、違反者側の矯正に役立つものでなければなりません。

      #2294 科学的探求やその応用が倫理的には善でも悪でもないと主張するのは、間違いです。他方、科学技術を方向づける基準となるものは、単なる技術的効果でもなければ、他の人の犠牲をもとにしてある人々にもたらすような利用価値でもありません。ましてや、支配的なイデオロギーなどではありません。科学や技術は、その本来の意味を大切にして、倫理の基本的な基準を無条件に尊重しなければなりません。これらは神の計画とそのみ旨とに沿ったもの、すなわち、人間、およびその侵すことのできない権利、ならびにその真の十全な幸せに役立つものであるべきなのです。

      #2309 軍事力による正当防衛を行使できるための厳密な条件というものが、真剣に検討されなければなりません。そのような重大な決定を行う際には、倫理的正当性の厳格な条件に従う必要があります。そのためには、以下のすべての条件がそろっていることが必要になります。

      ― 国あるいは諸国家に及ぼす攻撃者側の破壊行為が持続的なものであり、しかも重大で、明確なものであること。
      ― 他のすべての手段を使っても攻撃を終わらせることが不可能であるか効果をもたらさないということが明白であること。
      ― 成功すると信じられるだけの十分な諸条件がそろっていること。
      ― 武器を使用しても、除去しようとする害よりもさらに重大な害や混乱が生じないこと。
       現代兵器の破壊力は強大なので、当条件についてはきわめて慎重に考慮すること。

      以上は、いわゆる「正当な戦争」論に列挙されている伝統的な要素です。

      戦争を倫理的に正当化する以上の諸条件がそろっているか否かを慎重に判断することは、共通善についての責任をゆだねられている人たちの任務です。

      #2316 武器の製造や売買は、諸国家ならびに国際社会の共通善に抵触するものです。政治をつかさどる者にはこれを規制する権利と義務とがあります。国家間の暴力や紛争を引き起こさせたり国際的な法秩序を混乱させるような事業を、個人や集団の短期的利益を追求するために始めることは、ゆるされるべきものではありません。

      #2321 殺人を禁止することは、不当な攻撃者の攻撃を封じる権利を否定することではありません。正当防衛は、他人の生命もしくは共通善の責任を持つ者にとっては重大な義務となります。

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