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    2 神が先生の学校で

    2015.05.27 Wednesday

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       ハンガリー国でのご出現 1961~1981年 エリザベット・サントの霊的日記から 聖母マリアの汚れないみ心の『愛の炎』より (愛心館 ・世のひかり社発行 デルコル神父監修)


      2 神が先生の学校で


      教会内で

      「わたしの主よ、あなたの足元にわたしは鎖でつなぎました。もうこの絆をほどきたくありません。わたしの主よ、わたしはここにおります。あなたともう離れないよう、この世のものを断ち切りました。わたしがどんなに貧しく、小さなものとなり、生活しているか、ご存知でしょう」。
      「これからは、ますます小さいものであるように」という主の声。そして、少したって、わたしの心に、「さげすまれたわたしの子に祈りなさい、慰めなさい」というマリアさまの声が聞こえました。
       このことばを思いかえしました。悪霊の言えないことばでした。悪霊は決して祈りなさいと言うことが出来ないからです。それでも、心の中に不安が生じました。教会から帰りながら、「マリアさま、そのとこをお望みなら、あなたのおん子にたどりつけるよう、わたしを導いてください」と祈り続けました。
       あのことばは、次の日になっても消えることはなく、ミサ中わたしは祈り続けました。「マリアさま、どのようにすればよいのでしょう。わたしはとても小さく、弱いものです。わたしのそばにいてくださいますか」。

      祈りの一時間目
       わたしは、毎日教会に行って祈れるよううまく日中を調節することを考えていました。祈るため、最初は、横の戸口から入り、聖霊の花よめであり、ハンガリーの保護者である聖母の祭壇の前にいて、ごあいさつしました。「わたしの母なるアヴェ・マリア、わたしはあなたの子どもです。忠実でなかったカルメル会員です。わたしを助けに来てください。あなたのおん子のもとへわたしを導いてください」。
       大きな教会には、わたし一人だけで、以前には一度もしたことはなかったのですが、主の足元にひざまづき、こう尋ねました。「ここは、わたしたち二人だけでしょうか」。
       わたしの中で悲しみにあふれた声が聞こえてきました。「そう、残念ですけれど。わたしたちの仲間がふれるように努力しなさい」。
      「わたしの主よ、心より願います。あなたのみ前にいるとき、わたしの中であなたのみわざとわかるよう、わたしの足りなさから、わたしを助けてください。わたしは、今までどの改心者もしたことのないような、自分の罪を悔やみ、深くあなたを愛したいのです。最愛のイエズスよ、わたしの生活の日々で、悔い改めの涙を流さない日がないように、あなたに対して感謝と愛であふれますように、わたしのイエズスよ、わたしを低くしてください。生活のいっときも、自分がどんなに貧しいものであるかを悟らせてください。わたしの主よ、わたしはこの世でもうすでにあなたのそばで生きていけるという思いにうれしさで心臓が止まりそうです。今がこんなに幸せなら死んだ後はどうなることでしょう。でも、どんな目で自分のたくさんの罪を主はごらんになるのでしょう」。
       言いようのない苦しみがわたしを襲っていました。わたしは心より主に祈りました。主は、わたしの罪を、あわれみ深い愛の中で消してくださるという強い気持ちをわたしに一瞬の間に与えてくださいました。
       家に帰る途中、主がそばにおられることが深く感じられ、主がおっしゃっている言葉が聞こえました。「ゆるぎのない信仰をわたしに委ねなさい。あなたの愛が止むことのないように、日中ばかりでなく、夜もわたしを愛するように。わたしたちの愛する母により頼みなさい。わたしがどうすれば喜ぶかを知っています。たくさんの恵みを願いなさい。より頼めば、より多くのものを受けます。たくさん頼むことで、制限したりする心配はいりません。わたしを喜ばせることです。たくさんの人がわたしに近づくよう望みなさい。自分をすてなさい。このことを何度も頼みます。わたしのあがないの業にあずかりたいのなら、わたしにいつも一致しているように。わたしの母にすべてを捧げなさい。わたしに奉献されたもののためにもです。わたしの心よりの願いは、みんなの罪をなくすことなのです。わたしのところへいらっしゃい」。

      始めるのはむずかしい
       ある日、礼拝の聖時間のため教会に行きますと、恐怖に陥れるような考えで悪魔のささやきがわたしを苦しめました。わたしは当惑してこう祈りました。
      「主イエズス、わたしの中で何が起ころうとしているのでしょう。どれが本当なのでしょう」。
       次の日、聖体拝領のとき平和な気持ちになりました。イエズスを礼拝して一日を過ごしました。たくさんの洗濯物があったので、洗濯をしながら、何と自分はみじめなものでしょう。とても主を助けることなど出来ないという考えがうかびました。
       こんな考えにとらわれていたとき、主は、わたしにまた、話されました。「わたしにすべてを委ねなさい。この方法でしかあなたはわたしを助けることはできません。自分自身を小さく貧しいものとしたとき、わたしの望みがわかるようになります。心配しないで注意深くお聞きなさい。あなたに大きな犠牲をしてほしいのです。木曜日と金曜日を司祭のためにパンと水で過ごして欲しいのです。」主は、わたしに司祭の数までおっしゃいました。
       「それとその日は、わたしの前で四時間過ごし、わたしを傷つける侮辱のために、特別に苦行をしなさい。たくさんの誘惑があなたを苦しめるでしょうが、心配しないでください。わたしの恵みは、あなたといっしょです。わたしに深く信頼しなさい。このことがわたしの心の中に入る秘訣です。たくさんの人がもしわたしの心の渇きを知ってくれれば…少なくともあなたは、心臓の鼓動の動悸の度ごとに自分の罪を悔やみ、また、わたしから遠のいている人のために、つぐないをしてください。もし、あなたの愛が足りないと思ったら、わたしの母に頼みなさい。わたしに対しての愛をあなたの心の中でもう一度一杯にしてくれることでしょう。わたしお十字架の傷を思い起こすことにあきてしまうことのないように。この傷はいつもあなたに力を与えます。永遠の父に自分をささげ、三位一体とともに生きるようにしなさい。
       誘惑に対しての隠れ家をわたしの母のマントの下に求めなさい。今あなたを絶えず苦しめている誘惑から、守ってくれるでしょう。あなたに会った人がみな、あなたの愛と善良さで一杯になるようなへりくだった人でありますように。謙遜の中にいつも自分がいるように、聖母マリアに祈りなさい。あなたのまわりの人をわたしのところへ導けるような話し言葉を、聖母マリアから習いなさい。
       犠牲とは、目的に連れて行く渦巻く車輪のようなものです。わたしに愛を求めなさい。わたしから汲みとり、特別にわたしが喜んで受ける小さな犠牲をわたしにしてください。小さなことだけしかわたしに捧げられないことで、心配はいりません。むしろ、あなた自身、小さいものでありなさい。ワインの中の一滴の水のようにわたしと融合しなさい」。
       主にわたしは言いました。「主よ、わたしは駆けだしものなのです」。
      「不安を感じなくてもよいのです。今からやり始めなさい。あなたは、若い時にとても勉強をしたかったのですが、機会がなかったのを憶えているでしょうか。それをさせなかったのは、わたしです。あなたに何も知らないでいてほしかったのです。そのかわり早く成熟するよう望んだのです。その時から、あなたに対して、はっきりした計画がありました」。
      「主よ、あなたの恵みを何と無駄にしてしまったことでしょう。わたしは別の道を行くために、あなたから遠ざかったことでしょう」。
      「何ヶ月か前に、あなたはある公立の学校に入ろうとしていたのではないでしょうか。でも、わたしはあなたの通り道について、わたしの学校に呼び寄せたのです。だから、わたしの学校で満足して勤勉な生徒でありなさい。あなたの先生はわたしです。わたしから学びなさい。あなたと朝から晩までいっしょです。」
      「はい、主よ、でもわたしは、まだ先生の劣等生です」。
      「ええ、そのとおりです」という主のお答え。そしてわたしが主を傷つけた幾つかの例を見せてくださいました。たとえば、あるとき、聖堂がすぐそばにあったのに、あいさつをほかの人にして主にすることを忘れたことなどです。また、聖堂で主にあいさつするのに、片ひざをつくとき、愛をこめてしなくてはいけないこと、主を忘れてしまうということは、主を深く傷つけるということも教えてくださいました。そのとき、主のおっしゃったことに対し、深い悔やみの念を感じ、わたしは涙があふれ出ました。

      天の国は、力によって得ます
      「くり返しますが、自分を変えるようにしなければなりません。わたしはあなたを助けますが、自分の勤めを果たすように精一杯自分も努力するようにしなさい。わたしの母により頼みなさい。聖母も助けてくださいます」。
      「そうします、主よ。聖母を愛するようにします。おん子を助け慰めるようわたしを招いてくださったのも、聖母なのですから。あのお声がわたしの悲しみを打ち破り、深い痛悔の気持ちを起こしてくださったのです」。
      「それが最初の出会いの大きな一歩でした。わたしの母は特別な方法であなたをわたしにあずけたのです。あなたや他の人を創造したときから、わたしはあなたを待っていました」。
      「わたしの神よ、どうぞ、わたしを遠ざけることのないように」。
      「あなたは自分で離れていったのです。どうしてわたしがあなたを遠ざけましょう」。
      「わたしのイエズスよ、そのためにわたしは、みじめな状態にいました。どうぞよい先生のイエズスよ、わたしを導いてください」。
      「自分の思いをなくしなさい。何度もあなたに言います。あなたは夫を亡くして、まだ大きくなっていない子供たちに一時間でもあなたの手助けをするよう言っていたことを思い出してみなさい。たったの一時間でもあなたは、ほっとすることができたでしょう。それから、子どもたちはいろんな口実であなたを少しも助けてくれないとき、あなたはなんと悲しい思いをしていたことでしょう。わたしもたくさんの子供たちがいます。もしわたしのためにその子たちが一時間だけでも手助けしてくれたら、どんなにうれしいことでしょう。わたしは特に、わたしに奉献された魂のこと、わたしから選ばれた人のことについて考えています。その人たちは、この世的なもので心が奪われています。どんな方法であなたがわたしを助けるか、わたしに聞かないで、わたしのどの渇きをいやせるほどの機会も利用しなさい。その人たちのために祈りなさい。」
      「主よ、わたしは精一杯あなたを愛したいですし、また、あなたを愛していない人のためには、あなたを愛したいのです。目を閉じますと、この罪人であるわたしのために忍耐をもってたくさんの苦しみを受けてこられたあなたが見えます。あなたの愛にかなった人がたくさんいますのに、どうして、ふさわしくないわたしを選ばれたのでしょうか」
      「わたしのあがないの業が役立つように、罪がたくさんある人の中から選ぶのです。その人がわたしの恵みに応えるとき特別な恵みを与えます。わたしと共に生き、わたしのために生きる人は、あなたにしたように、この世からその人々を引き抜きます」。
      「わたしの主よ、あなたの望みは、わたしの望みでもあります。主よ、わたしをすきなようにお使いください」。
      「わたしのところへ全力を尽くして、罪人を連れて来なさい。このことにだけ専念するように。奉献された人は、目をそらさないでわたしの目の悲しみ、わたしだけを見るように。わたしの心の中に、もう一度新しいいのちに生まれさせるために、その人を迎え入れます。わたしがその人から望んでいるものは、わたしに対しての全き信頼です。わたしの愛は限りないのです。
       あなたがわたしの足もとにひざまずき、今までだれもしたことのないやり方で自分の罪を悔やみ、わたしを愛したいと言っているのを聞いて、わたしはどんなにうれしかったことでしょう。あなたの単純なことばが、わたしの心の奥深くに届いたのです。こういうことをするのに特別な教えなんかいらないということをあなたも知っているでしょう。あなたのことばが永遠の父にとっては、どんなに喜びだったことでしょう。
      あなたの人生のいっとき、いっときが、このようでありますように。聖霊は、あなたの性格をみながら、あなたの悪い部分をとり除き、あなたを導いてくれます。自分を救うために自分を改めますように。わたしの王国は、力でもって得るということを、あなたはよく知っていますが、決して何度も失敗することでくじけることのないように。そのことがあなたを謙遜にさせます。十字架のしるしをするときは、ほかのことを考えずに、いつも三位一体のことを心に置くようにしてください。あなたに今話していることは、みんな知らせなさい。わたしの五つの傷を賛美するため、つづけて五回十字架のしるしをして、この五つの傷を黙想するようにしなさい。いつも打撃で血まみれになっているわたしの目を見つめなさい。あなたからも、わたしはその打撃を受けました」。
      「ああ、わたしのイエズスよ、どうぞ、そのようにおっしゃらないでください。わたしの胸が裂けます。わたしをあわれんでください」。
       別な時に、主は、こうおっしゃいました、「無駄に話をしないように気を付けなさい」。

      一週間の時間割り
      「あなたに一週間の指導をします」。

      月曜日 「この日は、煉獄の霊魂のために使うように。あなたのすることは全部、その霊魂の助かりを願ってするように。わたしと一致して、その霊魂が一刻も早くわたしの顔を見られるように祈りなさい。あなたにきびしい断食をするようお願いします。そのことをあなたにだけお願いするのではなく、わたしの望みとその他の示しも、ほかの人にも広く知らせなさい。
      月曜日に聖マリアの汚れないみ心の炎により頼み、パンと水で断食する人は、煉獄にいる司祭の霊魂を救います。また、わたしのこの願いに従おうとする人は、死後、わたしの母により八日目以内で煉獄より救われます。わたしの母自身がわたしの五つの傷の名により、あなたたちのために得たものです。わたしの母のみ心の愛の炎の約束をわたしも守ります」。

      火曜日 「この日は、あなたの家庭のための日です。家族をわたしの母にまかせなさい。あなたの家族をわたしの母が守ります。」
      「わたしの主よ、わたしはとても眠いのです。もしもわたしが目を覚ませず自分の夜の約束の祈りの時間を守れなかった時は、どうなることでしょう」。
      「目をさましてくださるように、わたしの母に祈りなさい。母もよく、昼も夜も祈りをして、寝ませんでした。あなたは、自分の家族に責任があるということをよく知っていますね。家族の一人一人の性格をみながら、わたしのもとへ連れて来るように。わたしの恵みがその人たちの中にあるように絶え間なく祈っていなさい。あなたのとてもやさしい保護者は、聖ヨゼフであるように。助けを願うことも忘れないようにしなさい。聖ヨゼフの徹夜の祈りは、家族にたくさんの恵みをもたらします」。

      水曜日 「聖職者の召し出しの日です。たくさんの若もののために司祭職をわたしに願いなさい。あなたが願った人すべてが与えられます。多くの若者の心の中には、このような望みがあるのに、その願いを達成するよう助けてあげる人がいないのです。信仰のうすいものであってはなりません。あなたの徹夜の祈りがその若者にも多くの恵みをもたらします」。

      木曜日 「この日は、祭壇の秘跡に対するつぐないにあてなさい。四時間わたしの前にいるように。特に熱心にわたしに祈り、わたしに投げつける傷を治しなさい。わたしの苦しみ、血の汗、わたしの受難に身を沈めるように。そうすると、あなたの魂は力を得ます」。

      金曜日 「心にある全部の愛を尽くして、わたしの苦しみの中に沈むように、あなたが朝起きた時、わたしが夜中に苦しみを受けて寝れなかったことを考えてみなさい。日中は、ほんの少しもわたしにやすみをくれなかった十字架の道行きについて、考えてみなさい。もう力のなくなったわたしをカルワリオへ追いやったのですから、どんなに多くのことを皆がわたしにしてくれたとしても、しすぎということはないのです。みんなのために、みんなの救いのために、最後までわたしは苦しみました。
       それで今日は、十二時から三時までわたしの傷を礼拝するようにしなさい。そして、出来るかぎりわたしが十字架から下ろされた時間まで、断食を守るようにしなさい。すべての人に言いますが、わたしの犠牲を黙想するとき、心の中に恵みが増えます」。

      土曜日 「この日はわたしの母に捧げられた日です。この日は、特に大きないつくしみをもって、わたしの母を尊びなさい。すべての恵みの母なのです。天の国の天使や聖人たちが熱心にしているよう、この地上においても、マリアが賛美されることを望みなさい。死に瀕している聖職者たちのために、聖なる死の恵みを願いなさい。天の国で、あなたのためにその霊魂が、主の前で仲介者となり、そして聖母は死のときにあなたを迎え入れます。あなたの徹夜の祈りをそのために使いなさい」。

      日曜日 この日のために、救い主は、わたしに何の時間割もお与えになりませんでした。
       

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