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2017.01.04 Wednesday

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    11 羊飼達の礼拝

    2014.12.24 Wednesday

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      カタリナ・エンメリック『聖家族を幻に見て』光明社刊より
      11 羊飼達の礼拝

       小屋や野原には家畜の群がいた。小屋の前に立っていた三人の羊飼達はこの不思議な夜に心を打たれ、あたりを見廻すと秣槽(まぐさぶね)の上の明るい輝きが目に入った。その時ひとむらの光雲が三人の方に降ってきた。その雲の中に満ちみちたものがゆれ動き、甘味な静かな讃美歌の声が近づいてきた。羊飼達ははじめは恐れていたが、間もなく神の栄光を歌う愛らしい輝く天使達が前に立つのを見た。またほかの羊飼達にも天使が現れた。
       最初に三人の年老いた羊飼が贈物をたずさえて秣槽の所に来た。洞穴の入口で、かれらはヨゼフに向かい、天使から知らせを受けた事、そして神の約束の幼児を礼拝し、捧げ物を献上するために来た事を告げた。ヨゼフはその捧げ物を受け取り、幼児イエズスを膝の上に抱いているマリアの前に案内した。羊飼達は地にひれふし、うれしさのあまり涙を流して、甘味さに浸りながら長い間そこに留まっていた。かれらは天使賛歌と詩編を歌った。そして帰る時になるとマリアは幼児をかれらの腕に抱かせてくれた。
       次いで別の羊飼がその妻や子供をつれ、捧げ物をもって訪れて来た。かれらは秣槽の前で非常に愛らしい詩編と短い詩を歌った。その詩のことばは次のようである。
        ああ、赤いばらのような童(わらべ)よ
        先ぶれのように走り出で。
      この者たちは鳥や卵や蜜や、色とりどりのより糸を持ってきた。三人の老羊飼は代る代る訪れて、洞穴の中を居心地よくするためヨゼフに手を貸した。
       そえからマリアの許に、数名の親切な婦人達が来て手助けをした。ヨゼフが子供の頃から知っていて、その人達を呼んだのである。かれが以前兄弟達から逃げて洞穴にかくれた時、この親切な婦人達に助けられた事があった。婦人達は交代でたずねてきて、いろいろなものを運び、煮炊きや洗濯をした。
       主の降誕の二、三日後、わたしは胸を打たれる光景を洞穴で見た。マリアは秣槽の傍に立って御子を見つめていた。その時のマリアは、御子が苦しむためにこの世に来たということで感慨無量であった。
       わたしは以前に受けた示現はイエズスが母の胎内にあるとき、また降誕以後に蒙る苦難についてであった。すなわちマリアの胎内に宿る栄光と、その栄光の中に光り輝く子供の姿があった。そして十字架刑のあらゆる苦しみがその子供に加えられた。それはまったくぞっとする程悲しい光景であった。わたしは涙を流し声をあげて激しく泣いた。また別の人間がその子供を打ち、突き飛ばし、むち打ち、茨の冠をかむらせ、十字架の上にのせ、釘づけにし脇腹を貫いたのを見た。救い主の受けるべきすべての苦難をこの子が受けていたとは、まったく身ぶるいする程のものであった。この子供は十字架にかかっていた時わたしに言った、「これらの苦難はわたしの受胎の時から現実のものとなる時までずっとわたしの身に受けてきたのだ。行ってこの事を人々に知らせなさい。」しかしどうしてそれを人々に告げる事ができようか。
       わたしはまた幼児イエズスを見た。大勢の子供が秣槽のそばに来てイエズスをいじめていた。マリアは留守だったのでかばう事ができなかった。子供達はいろいろな小枝や笞を持ってきてイエズスの顔を打ち、そのために血が流れた。幼児イエズスがにこやかに手をあげてよけようとすると、一番小さい子が意地悪くその手を叩いた。親までが子供達に笞をほどよく巻いたりねじったりして与えていた! 子供達はいらくさや小枝やさまざまな棒を持ってきたが、これにはそれぞれ意味があった。一人は細い笞を持ってきて、幼児イエズスを強く打とうとその柄を曲げてはじきかえした。
       わたしは何人かの子供の顔を覚えている。また別の子供達は自分達のぜいたくな着物を見せびらかしていた。できればわたしがその着物を引きはがしたいくらいだった。
       マリアが秣槽の前で考え込んでいると、羊飼達がその妻達と共に来た。かれらは祈りこそしなかったが、深い感動のうちに幼児を見つめ、帰る前にはあたかも口づけをするかのようにその上に低く身をかがめた。
       明るくなってから、マリアはいつもの場所に坐り、イエズスはその膝の上に眠っていた。マリアは手に亜麻布のようなものを持って、ひろげならべていた。ヨゼフは入口の炉端で道具を下げるための台を作っていた。
       わたしはろばの傍に立っていた。すると三人の老婦人が来て、非常に親切に迎えられた。マリアは立ち上がらなかった。婦人達は果物、鳥、パン、亜麻布などたくさんの贈り物を持ってきたが、それらはことごとく謙遜と感謝をもって受け取られた。その人々は大層物静かで、親しみ深く感動をもって幼児をながめていた。しかし抱くことなく帰って行った。
       わたしはその間をばをすっかり観察した。それはたいへん広い背中をしていた。「このろばはもうたくさんいろいろと運んでくれた」と考えて、そえを確かめるために、手で触れて毛をつまんでみると、まるで生糸のように柔らかな感じであった。
       ある時二人の老婦人が三人の八才位の少女をつれて訪れてきた。その人達は身分の高い外国人らしく、たしかに不思議な招きの声に導かれて来たのであった。ヨゼフはその人達を非常に丁寧に迎え、マリアは立って幼児をその人達の手に渡した。二人はしばらくの間イエズスを抱き黙しつつ深い感動のうちに祈り口づけをした。
       三人の少女達も静かではあったが感動していた。ヨゼフとマリアは二人の老婦人と語り合い、かれらが立ち去る時ヨゼフは少しの道を見送っていった。
       ああ、だれがこの婦人達のように、マリアの美しさ、純潔さ、汚れなき思いを知る事ができるだろうか! マリアはすべてを知っているが、しかしその謙遜から何も気付かずにいる。子供のようにかの女の眼差しは下を向いているが、何かを見つめる時はその眼差しは閃光のように、真実そのもののように、曇りなき光のようにあらゆるものを貫き通す。それはマリアがまったく純粋で、まったく汚れなく、聖霊に満たされ、無心であったからである。だれもその眼差しに耐える事はできない。
       この婦人達は町の人目を避けて目立たぬように来た。そして少なくとも二、三哩は離れた所から来たようにあった。ヨゼフはこのような訪問を受けると、いつも非常に控え目で、身を引き、遠くからながめていた。
       またマリアの許の少女が年老いた下僕と一緒にナザレトから秣槽のところに来た。この二人はアンナの所からいろいろなものを持ってきた。年老いた下僕はうれし涙に泣きぬれ、アンナに知らせるためにふたたび帰って行った。
       数日後、マリアはイエズスとその少女を伴い、二、三時間洞穴を出て近くの横穴にかくれた。それはベトレへムから数人の男がヘロデの間牒として来たからである。当時あるみどり児の身の上に奇跡が起こったという噂がひろがっていた。この人達はヨゼフと洞穴の入口で出会って、少し話をしてから、もったいぶった微笑を浮かべながらヨゼフの許から去っていった。
       秣槽のある洞穴はたいへん静かで居心地がよかった。羊飼達のほかベトレへムから誰も来る者はなかった。町ではその頃ここで起こった出来事を深く気にかける者はほとんどいなかった。大勢の外来者が来たため町は非常な雑踏と繁雑を極めていたからである。
       しかし天使が出現した不思議な出来事は遠近の谷に住む人々の間に急速に知れ渡り、これまでの旅でマリアとヨゼフを泊めた宿の人々は、なにも知らずに泊めたこの二人に敬意を表すため次々と訪れて来るのであった。
       

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